こころ論文研究室
感情調整

催眠感受性と内受容感覚は、感情の調整スタイルとどう結びついているか

📄 Emotion regulation: The role of hypnotizability and interoception.

✍️ Zelič, Ž., Giusti, G., Santarcangelo, EL.

📅 論文公開: 2025年

感情調整 被催眠性 内受容感覚 認知的再評価 表現抑制 横断研究 意識研究

3つのポイント

  1. 1

    内受容感覚の感受性(自分の体内感覚に気づく傾向)が高い人ほど、感情を認知的に読み替える「再評価」を使いやすく、感情を押し込める「表現抑制」は少ない傾向があった。

  2. 2

    内受容感覚の精度(心拍を正確に感知できるか)は被催眠性や認知的再評価と負の関連を示し、感覚への「気づきやすさ」と「正確さ」は別の働きをする可能性が示唆された。

  3. 3

    被催眠性は内受容感覚の感受性・精度の双方を介して、間接的に認知的再評価の使用を予測した(横断研究のため因果は示せない)。

論文プロフィール

  • 著者: Zelič Ž., Giusti G., Santarcangelo EL. / 2025年
  • 掲載誌: Consciousness and Cognition
  • 対象: 健康な成人ボランティア 102名(うち62名は心拍計数タスクにも参加)
  • 調査内容: 被催眠性・内受容感覚の感受性(IS)・内受容感覚の精度(IA)と、感情調整方略(認知的再評価・表現抑制)との関連を質問紙および行動課題で検討
  • 証拠の強さ: 横断・相関研究であり、因果関係を示すものではありません。低程度の証拠です。

エディターズ・ノート

感情をどう扱うかは、感情調整(emotion regulation)の中心的なテーマです。この研究は「体の内側の感覚への感度」と「催眠への反応しやすさ」が、感情の処理スタイルを左右する可能性を示しています。感情調整という様式を照らす、興味深い横断的知見として取り上げます。

何がわかったか

被催眠性(hypnotizability) とは、催眠的な示唆に対してどの程度反応しやすいかという個人差の指標です。研究ではこれを標準化された尺度で測定し、参加者を高・中・低の3群に分類しました。 内受容感覚(interoception) は2つの側面から評価されました。

  • 内受容感覚の感受性(IS): 自分の体内感覚(胃の動き、心拍など)にどの程度意識を向けやすいかという自己報告による傾向
  • 内受容感覚の精度(IA): 心拍計数タスクを用いて、実際に自分の心拍を正確に感知できるかを行動的に測定したもの

感情調整方略としては、Grossの感情制御プロセスモデルに基づく2つの戦略を測定しました。

  1. 認知的再評価(cognitive reappraisal): 状況の意味を捉え直すことで感情の強さを変える方法
  2. 表現抑制(expressive suppression): 感情を外に出さないよう抑える方法

主要な結果は以下の通りです。

  • ISは被催眠性と正の相関、認知的再評価とも正の相関、表現抑制とは負の相関
  • IAは被催眠性と負の相関、認知的再評価とも負の相関、表現抑制との関連は見られなかった
  • 媒介分析(mediation analysis)では、被催眠性はISとIAの双方を介して、間接的に認知的再評価の使用を正に予測した
  • 表現抑制については、高・低被催眠性群が中程度群より使いやすい傾向があった(逆U字ではなくU字型のパターン)
被催眠性と表現抑制の関係:高・低群が中群より高い傾向(概念図) 0 14 27 41 54 68 表現抑制の使用傾向(相対値) 68 高被催眠性 45 中被催眠性 65 低被催眠性
被催眠性と表現抑制の関係:高・低群が中群より高い傾向(概念図)
項目 表現抑制の使用傾向(相対値)
高被催眠性 68
中被催眠性 45
低被催眠性 65
被催眠性と表現抑制の関係:高・低群が中群より高い傾向(概念図)
🔍 内受容感覚の「感受性」と「精度」はなぜ逆方向に動くのか

ISとIAが被催眠性や認知的再評価と逆の方向に関連するのは一見矛盾に映ります。

ISは「体の感覚に気づこうとする傾向」という主観的・態度的な側面です。一方のIAは「実際に心拍を正確に感知できるか」という客観的な精度です。

先行研究では、自分の体内感覚に注意を向けやすい(IS高)人が、必ずしも正確にその感覚を検知できる(IA高)わけではないことが繰り返し示されています。「気づこうとする」ことと「正確に感知する」ことは、異なる神経・心理的プロセスを反映している可能性があります。

被催眠性が高い人は、示唆への反応性が高く、注意の向け方に柔軟性があるとも考えられます。そのため「感覚への気づきやすさ(IS)」は高まる一方、感覚の正確な検知(IA)には別の経路が働くのかもしれません。ただしこれは推測の域を出ず、本研究単独では結論できません。

🔍 研究の限界と解釈の注意点

本研究はいくつかの重要な限界を持ちます。

  • 横断研究であるため、変数間の因果の方向は不明です。「内受容感覚が感情調整を形成する」のか「感情調整のスタイルが内受容感覚の感知に影響する」のかは、この研究では判断できません。
  • サンプルは健康な成人ボランティア(102名)であり、臨床群や特定の職業・文化的背景への一般化には慎重さが必要です。
  • IAの測定に使われた心拍計数タスクは、内受容感覚の精度測定法として広く用いられますが、その妥当性についても議論が続いています。
  • 媒介分析は統計的な関係性を示しますが、因果推論の根拠にはなりません。

理論的枠組みとの接続

本研究はGrossの 感情調整 プロセスモデルを参照しています。このモデルでは、感情は状況選択・状況修正・注意配置・認知変容(再評価)・反応調整(抑制を含む)という段階で調整されると整理されています。

認知的再評価は「感情が完全に生じる前」に介入する戦略、表現抑制は「感情が生じた後」に外部表出を抑える戦略と位置づけられます。一般的に、認知的再評価はウェルビーイングとの正の関連が多く報告されており、表現抑制は長期的なコストを伴うとされますが、文脈によって適切さは異なります。

本研究の知見は、この2つの戦略の使用傾向が、体の内側への感受性という個人差特性と関連していることを示しています。体の感覚へのアクセスの仕方が、感情をどのタイミングでどのように処理するかに影響しているとすれば、 感情調整 の個人差を理解する新たな切り口になりえます。

🔍 被催眠性という変数の位置づけ

被催眠性は「催眠にかかりやすいか否か」という日常的な意味以上に、注意の柔軟性・感覚への反応性・想像への没入のしやすさといった、より広い個人差特性を反映していると考えられています。

高被催眠性の人は、外部の示唆や内部の心的イメージに対して反応性が高く、注意の範囲を柔軟に切り替えやすい特徴が指摘されています。こうした特性が内受容感覚の感受性と結びつき、感情の認知的な取り扱いに影響するというのが本研究の仮説的な見立てです。

ただし被催眠性と内受容感覚の関連は複雑で、先行研究でも一致した知見が得られているわけではありません。本研究の知見も、この複雑さの一側面を示したものとして読む必要があります。

自己観測への手がかり

自分が不快な感情を感じたとき、それを「別の角度から意味を捉え直す」か「外に出さないように押し込める」か——どちらに傾きやすいかを振り返ることがあるかもしれません。本研究は、そうした傾向が体の内側の感覚への意識の向け方と関連している可能性を示しています。

自分の心拍や胃の緊張、身体の緊張感に、どのくらいの注意を向けているでしょうか。それは感情との付き合い方と、どこかでつながっているでしょうか。

読後感

あなたは感情が揺れたとき、まずその感覚を体の中に探しますか——それとも、感覚を脇において意味を組み立て直そうとしますか?