こころ論文研究室
感情調整

感情を「抑える」か「捉え直す」か――脳の振動パターンから見えてくるもの

📄 Brain oscillations during emotion regulation and the two-dimensional model of adult attachment.

✍️ Domic-Siede, M., Sánchez-Corzo, A., Guzmán-González, M.

📅 論文公開: 2024年

3つのポイント

  1. 1

    感情を「認知的に捉え直す」ときには前頭部のシータ波活動が増加し、認知制御の関与が示唆された。

  2. 2

    感情を「表出を抑える」ときには中心部のベータ波活動が低下し、異なる神経プロセスが働くことが観察された。

  3. 3

    愛着不安が低い人ほど前頭部シータ波が高く、より効果的な感情調整と関連する可能性が示唆された。

論文プロフィール

  • 著者: Domic-Siede, M., Sánchez-Corzo, A., Guzmán-González, M. / 2024年 / Biological Psychology
  • 対象: 健康な成人 52 名
  • 調査内容: 感情調整課題中の EEG(脳波)計測。再評価と抑制という 2 つの感情調整方略における神経振動の変化を計測し、愛着スタイル(ECR-12)および感情調整困難尺度(DERS)との関連を分析
  • 証拠の強さ: 小規模(N=52)の単発実験研究です。相関分析が中心であり、因果関係は示せません。知見は示唆にとどまります。

エディターズ・ノート

感情を「どう扱うか」という問いは、日々の生活の中で静かに繰り返されます。感情を抑えるのと、捉え直すのとでは、脳の中で何が異なるのか。この研究は、その違いを脳波(EEG)という窓を通して見ようとした試みです。感情調整の様式を照らす知見として届けます。

何がわかったか

成人 52 名が感情を喚起する画像を見ながら、「認知的再評価」または「表出抑制」という 2 つの感情調整方略を使うよう求められました。その間、EEG で脳の電気的活動が記録されました。

認知的再評価とは、出来事の意味づけを変えることで感情そのものを変えようとする方略です。たとえば「この状況は脅威ではなく、学びの機会だ」と捉え直すような内部作業が相当します。

表出抑制は、感情は感じているけれど、その表れを外に出さないようにする方略です。表情を変えない、声のトーンを抑えるといった行動レベルの制御です。

🔍 再評価と抑制:2 つの方略の違い

Gross の感情制御プロセスモデル(emotion-regulation-model)によれば、再評価と抑制は感情が生じるプロセスの「どの段階に介入するか」が異なります。再評価は感情が十分に立ち上がる前に意味の編集を行い、抑制は感情が立ち上がった後の表出を制御します。一般に再評価のほうが精神的健康との関連でポジティブな知見が多いとされますが、文脈や個人差によって異なります。

研究の主な結果は以下の通りです。

  • 再評価 > 抑制 の条件で、前頭部のシータ波(3〜6 Hz)活動が増加した。シータ波は認知制御や作業記憶の関与と結びつけられることが多い脳の振動パターンです。この増加は、再評価が「意味を編集する」という認知的負荷の高い作業を必要とすることと整合します。
  • 抑制の条件では、中心部電極でのベータ波(15〜30 Hz)活動が低下した。ベータ波の変化は感覚・運動処理や行動の制御と関連するとされ、抑制が異なる神経メカニズムを動員していることを示唆します。
  • 愛着不安(ECR-12 で測定)が低い人ほど前頭部シータ波が高く、感情調整困難(DERS)の得点も低い傾向があった。つまり、不安が低く感情調整がしやすい人ほど、再評価時に前頭部シータが活性化しやすいという関連が見られました。
  • 中心部ベータ波は「感情的不注意(Emotional Inattention)」——感情への注意が向きにくい特性——と関連していた。この特性は愛着回避と結びついています。
🔍 「愛着不安」「愛着回避」とは

愛着理論では、親密な関係における不安と回避の 2 次元でアタッチメントスタイルを記述します。「愛着不安」は見捨てられることへの心配や承認への強い希求、「愛着回避」は親密さへの不快感や自立を強調する傾向を指します。この研究では成人版愛着尺度 ECR-12 を使用しています。

研究の限界として、サンプルが小規模(52 名)であること、EEG の空間分解能は低く脳の「どこ」が活動したかを精密に特定できないこと、相関分析が中心であるため「愛着スタイルが感情調整の神経的効率を決める」という因果は示せないことに注意が必要です。

理論的枠組みとの接続

この研究は、Gross の 感情調整 プロセスモデルを神経生理学的な観点から検討しています。再評価と抑制は、それぞれ感情生成のプロセスの異なる段階に介入する戦略であり、今回の EEG 所見はその違いが脳の振動パターンにも反映されることを示唆します。

愛着理論との接続は興味深い視点を開きます。幼少期の養育者との関係から形成された内的作業モデルが、成人になっても感情調整の傾向と関連しているとすれば、それは単なる「性格」の問題ではなく、関係性の歴史が神経レベルの習慣のようなかたちで残っている可能性を示唆します。ただし、これはあくまで相関であり、直接的な因果の証拠ではありません。

自己観測への手がかり

自分が感情的な場面で「どちらを使いがちか」を振り返ることは、難しくも面白い問いです。ある状況で意味を捉え直そうとするとき、それが「頭の中で何かを書き換えようとしている」感覚として経験されることがあるかもしれません。一方で「表に出さないようにしている」のとは、内的な経験として違いがあるでしょうか。どちらが「楽」に感じるかも、文脈によって変わるかもしれません。

読後感

感情を「抑える」のと「捉え直す」のでは、脳の動き方が違うらしいという知見を受けて——あなたが最後に「感情を別の角度から見直した」と感じた場面は、どんなときでしたか?