体の変化に気づく人ほど不安になる? 内受容感覚と再評価の相互作用
📄 Interoceptive accuracy and cognitive reappraisal modulate affective and physiological reactivity to social stress.
✍️ Rapp, L, Desdentado, L, Hauke, G, Messner, EM, Messner, M, Pollatos, O
📅 論文公開: 2026年
3つのポイント
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83名が社会的ストレス課題(修正版トリーア社会的ストレステスト)を受け、心拍を数える課題で測った内受容感覚と、質問紙で測った認知的再評価の習慣が、不安・心拍・皮膚電気活動の変化とどう関わるかを調べました。
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再評価をふだんあまり使わない人では内受容感覚が高いほど不安の高まりが強く、平均以上に再評価を使う人ではその関連が見られませんでした。
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一方、内受容感覚が高い人ほど心拍数の上昇は小さく、皮膚電気活動の変化には内受容感覚も再評価も関係していませんでした。
論文プロフィール
- 著者: Rapp, L., Desdentado, L., Hauke, G., Messner, EM., Messner, M., Pollatos, O.(2026年)
- 掲載誌: Biological Psychology
- 対象: 成人83名(詳細な属性は抄録に記載がありません)
- 調査内容: 修正版トリーア社会的ストレステスト(mTSST)という実験的ストレス課題を用い、心拍を数える課題で測った内受容感覚(IAcc)と、質問紙(ERQ)で測った認知的再評価の習慣が、状態不安・心拍数(HR)・皮膚電気活動(SCL)の変化とどう関連するか、特にその相互作用を検証しました。
- 証拠の強さ: 単一の実験的ストレス課題を用いたモデレーション(調整)分析であり、証拠としては限定的です。追試や異なる対象での再現が必要な段階の知見といえます。
エディターズ・ノート
「自分の身体の変化に気づきやすいこと」は、しばしば感情を整えるうえで有利だと語られます。しかし本研究は、その気づきの効果が再評価という感情調整の方略を持っているかどうかで反転しうることを示す点で、感情調整という様式にとって示唆的です。単純な「気づきが多いほど良い」という見方に一石を投じる知見として取り上げます。
何がわかったか
mTSSTという社会的ストレスを誘発する課題によって、参加者の心拍数・皮膚電気活動・状態不安はいずれも上昇しました。これは課題が実際にストレス反応を引き起こしたことを確認する結果です。
ここからが本題です。状態不安の変化は、内受容感覚(IAcc)と 認知的再評価 感情調整 感情の起こり方や表し方に働きかけて整えるはたらき。注意の向け直しや捉え直し(再評価)などの方略がある。 の相互作用によって予測されました。認知的再評価とは、出来事の意味づけを変えることで感情の高まりをコントロールする方略です(例: 「注目されている」を「関心を持たれている」と読み替えるなど)。
- ふだん認知的再評価をあまり使わない人では、内受容感覚が高いほど、ストレス課題中の不安の高まりが強くなりました。
- 一方、再評価を平均以上に使う人では、内受容感覚の高さと不安の変化との間に、はっきりした関連は見られませんでした。
つまり、身体の変化に敏感であること自体は良くも悪くもなく、その気づきをどう意味づけ直す方略を持っているかによって、不安として表れるかどうかが分かれる、という構図です。
さらに、内受容感覚が高い人ほど、ストレス課題中の心拍数の上昇は小さいという関連も見られました。これは主観的な不安の結果とは逆方向であり、単純な「気づきが強いほどストレス反応も強い」という図式では説明できません。
なお、皮膚電気活動(交感神経系の指標の一つ)の変化については、内受容感覚とも再評価とも、両者の相互作用とも関連が見られませんでした。すべての生理指標が同じパターンを示すわけではない点は留意が必要です。
| 系列 | 内受容感覚(低 → 高、概念軸) | 状態不安の変化(概念値) |
|---|---|---|
| 再評価の使用が平均以下の群(概念) | 1 | 20 |
| 再評価の使用が平均以下の群(概念) | 2 | 30 |
| 再評価の使用が平均以下の群(概念) | 3 | 42 |
| 再評価の使用が平均以下の群(概念) | 4 | 55 |
| 再評価の使用が平均以下の群(概念) | 5 | 68 |
| 再評価の使用が平均以上の群(概念) | 1 | 30 |
| 再評価の使用が平均以上の群(概念) | 2 | 31 |
| 再評価の使用が平均以上の群(概念) | 3 | 29 |
| 再評価の使用が平均以上の群(概念) | 4 | 32 |
| 再評価の使用が平均以上の群(概念) | 5 | 30 |
🔍 内受容感覚はどう測定されたか
本研究では「心拍カウント課題」という方法が使われました。目を閉じて自分の心拍を数え、実際の心拍数とどれだけ一致するかで内受容感覚の正確さを測ります。手軽な指標である一方、不安の高い人は心拍を過大に見積もりやすいなど、測定自体が心理状態の影響を受けるという批判もあり、内受容感覚の測り方そのものが研究上の論点になっています。
🔍 この研究の限界
参加者は83名で、単一の実験的ストレス課題における一時点の反応を見たものです。モデレーション分析(ある変数の効果が別の変数によって変わるかを見る手法)は相関的な性質を持ち、因果関係を証明するものではありません。対象の年齢層や臨床的背景も抄録からは分かりません。再現研究や異なるストレス状況での検証が求められます。
理論的枠組みとの接続
認知的再評価 感情調整 感情の起こり方や表し方に働きかけて整えるはたらき。注意の向け直しや捉え直し(再評価)などの方略がある。 は、Grossの感情制御プロセスモデルにおいて、感情反応が十分に立ち上がる前の段階で状況の意味づけを変える「先行焦点型」の方略として位置づけられます。今回の結果は、このモデルにとって一つの補足を加えるものといえます。すなわち、身体信号への気づき(内受容感覚)は感情調整の「材料」を増やしますが、その材料をどう扱うかという方略(再評価)が乏しいと、気づきそのものが負担として顕在化しうるということです。
論文の考察では、予測符号化という見方も紹介されています。これは、脳が身体からの信号について常に「予測」を立て、実際の信号とのズレ(予測誤差)を更新し続けているとする理論的立場です。気づきの精度が高い人ほど、この予測誤差が際立ちやすく、それを再評価によって解消できないと、不快感として残りやすいのではないか、という解釈です。あくまで解釈の一つであり、本研究のデータがこの機序を直接証明したわけではありません。
🔍 予測符号化という視点について
予測符号化(predictive coding)は、脳が感覚入力を受け身に処理するのではなく、絶えず「次に来るはずの信号」を予測し、そのズレ(予測誤差)から学習し続けるとする理論的枠組みです。身体感覚についても同様の仕組みが想定されており、内受容感覚の個人差を説明する近年の理論でしばしば参照されます。本論文の考察もこの立場に触れていますが、これは仮説的な解釈であり、実証的に検証された機序ではない点に注意が必要です。
🔍 心拍上昇の抑制は「良いこと」なのか
内受容感覚が高い人ほど心拍数の上昇が小さいという結果は、一見すると好ましい反応に見えます。論文はこれを「自律神経系による代償的な調整」の可能性として位置づけていますが、心拍上昇が小さいこと自体が望ましい適応かどうかは別問題です。主観的な不安は逆に強まっていた点も踏まえると、生理指標と主観指標を単純に「良い/悪い」で並べて評価するのは早計だと考えられます。
自己観測への手がかり
この研究が示すのは、身体の変化に気づきやすいこと自体の善し悪しではなく、「気づいたあと、それをどう捉え直すか」という部分の存在です。もし自分が緊張の高まりに敏感だと感じるなら、その敏感さ自体よりも、気づいた後にどんな意味づけをしているかを眺めてみると、違った手がかりが見えるかもしれません。
読後感
自分の身体の変化に気づいたとき、あなたはその感覚をどんな言葉で意味づけていますか。そして、その意味づけは、気づく前と後で何を変えているでしょうか。