こころ論文研究室
創造

「創造性が高まった気がする」は測れるのか——LSDマイクロドージングの無作為化比較試験

📄 Multimodal creativity assessments following acute and sustained microdosing of lysergic acid diethylamide.

✍️ Murphy, RJ, Sumner, RL, Godfrey, K, Mabidikama, A, Roberts, RP, Sundram, F, Muthukumaraswamy, S

📅 論文公開: 2025年

精神薬理学 RCT 創造性測定 拡散的思考 健康成人男性

3つのポイント

  1. 1

    健康な成人男性80名を対象にした無作為化プラセボ対照試験で、LSDの低用量反復摂取(マイクロドージング)が創造性を高めるかを4種の客観的課題で検証した。

  2. 2

    摂取当日の急性効果下でも、6週間の継続摂取後でも、拡散的思考・収束的思考を含む創造性課題の成績に薬剤による有意な効果は見られなかった。

  3. 3

    参加者は摂取当日に主観的には創造性の高まりを報告しており、この主観と客観測定の乖離は実験環境の限界・測定の難しさ・プラセボ効果など複数の解釈が可能である。

論文プロフィール

  • 著者: Murphy, RJ / Sumner, RL / Godfrey, K / Mabidikama, A / Roberts, RP / Sundram, F / Muthukumaraswamy, S(2025年、_Psychopharmacology_誌)
  • 対象: 健康な成人男性80名
  • 調査内容: LSD 10µgを3日に1回のペースで6週間(計14回)投与する「マイクロドージング」プロトコルが、複数の創造性課題の成績に影響するかを、 無作為化比較試験 (参加者を薬剤群と偽薬群にランダムに振り分けて比較する手法)で検証した。
  • 証拠の強さ: 単一のRCTによる中程度の証拠です。対象は健康な成人男性に限られており、女性や臨床集団への一般化はできません。

エディターズ・ノート

「微量のLSDを摂取すると創造性が上がる」という語りは、シリコンバレーを中心に広く流通してきました。しかし創造性は本来つかみどころのない構成概念であり、それをどう定義し、どう測るかという問題自体が難所です。本稿が届けたいのは「効くか効かないか」という結論そのものよりも、創造という様式を科学がどう測定しようとしているか、という方法論の話です。

なお、LSDは日本を含む多くの国で法規制の対象となる物質です。本稿は摂取を勧めるものでも咎めるものでもなく、査読を経た試験結果の紹介に限定します。

何がわかったか

参加者は薬剤なしの基準セッション、実際に薬剤(またはプラセボ)を摂取した急性効果下のセッション、そして6週間の継続摂取が終わった薬剤なしの最終セッションの3時点で、4種類の創造性課題を受けました。

  • AUT(Alternate Uses Test): ある物の意外な使い道をできるだけ多く挙げる課題で、 拡散的思考 (ひとつの問いから多方向にアイデアを広げる力)を測る代表的な指標です。
  • RAT(Remote Associates Task): 一見無関係な複数の単語に共通する答えを見つける課題で、 収束的思考 (複数の手がかりをひとつの正解に絞り込む力)を測ります。
  • CAT(Consensual Assessment Technique): 作品を専門家や評価者が主観的に評点づけする手法です。
  • EPSQ(Everyday Problem-Solving Questionnaire): 日常的な問題解決の傾向を尋ねる質問紙です。

結果は明快でした。急性効果下でも、6週間後の最終セッションでも、この4つの課題いずれにおいても、薬剤群とプラセボ群のあいだに有意な差(薬剤×時点の交互作用)は見られませんでした。一方で、基準時点の語彙力(ボキャブラリースキル)はAUTとRATの成績に有意な影響を与えており、創造性課題の成績が言語能力という別の要因に左右されやすいことも示されています。

著者らが特に強調しているのは、参加者自身は摂取当日に「創造的になった感じがする」と報告していた点です。つまり主観的な実感と、客観的なテスト成績のあいだに食い違いが生じていました。この食い違いについて論文は、(1) 実験室という統制された環境が日常的な創造性の変化を検出しにくくしている可能性、(2) 使用された課題群がマイクロドージングで語られる創造性の側面をそもそも捉えられていない可能性、(3) 報告されている効果自体がプラセボ効果である可能性、の3つを考えられる説明として挙げています。いずれも現時点では検証途上の解釈であり、この一本の試験だけで「マイクロドージングに創造性向上効果はない」と断定することもできません。

理論的枠組みとの接続

AUTとRATはそれぞれ、Guilfordが提唱した 拡散的思考 と、Mednickが提唱した収束的思考の測定に由来する古典的な課題です。創造性研究では長らく、この2つを組み合わせることで「アイデアを広げる力」と「アイデアをまとめる力」の両面から創造性を捉えようとしてきました。今回の結果は、少なくともこの二軸の枠組みに沿った測定では、薬剤による変化を検出できなかったことを意味します。これは理論的枠組みそのものへの反証というより、既存の測定手法が実験室の外で語られる「創造性」の実感とどこまで対応しているかという、測定妥当性の課題を浮かび上がらせるものです。

🔍 AUT・RAT・CAT・EPSQ: 創造性を測る4つのものさし

創造性は単一の能力ではなく、複数の下位側面から成るとされています。

  • AUT: 拡散的思考(アイデアの量と多様性)
  • RAT: 収束的思考(手がかりの統合による正解探索)
  • CAT: 専門家評価による作品の質(主観的・社会的合意に基づく評価)
  • EPSQ: 日常生活での問題解決傾向(自己報告)

4つの異なる角度から測定しても一貫して効果が見られなかったという点は、単一課題での null 結果よりも解釈上の重みを持ちます。

🔍 なぜ『効果なし』という結果が重要なのか

創造性向上を謳う効果は口コミやSNSで広まりやすい一方、厳密な比較試験でその効果が確認されない、あるいは再現されないケースは珍しくありません。null結果(有意差なしの結果)は目立たず公表されにくい傾向(出版バイアス)があるため、こうした丁寧な検証を経た null 結果自体が、分野全体の知見を健全に保つうえで重要な役割を果たします。

🔍 マイクロドージング研究特有の難しさ

この種の研究には固有の限界があります。対象が健康な成人男性のみに限定されているため、女性や他の集団への一般化はできません。また、参加者が摂取当日に主観的な変化を感じ取れてしまうと、自分がどちらの群に割り付けられたかを推測できてしまう「機能的アンブラインディング」の問題が生じやすく、これはプラセボ対照試験の内的妥当性に影響しうる、心理薬理学研究に共通の課題です。

自己観測への手がかり

「創造的になった気がする」という実感と、実際に生み出したアウトプットの質は、必ずしも一致しません。この研究が示した主観と客観のずれは、薬剤の文脈を離れても示唆的です。自分が「調子が良い」「冴えている」と感じるとき、それは実際の成果物にどれだけ反映されているか——ふと立ち止まって確かめてみると、案外そのふたつは別々に動いているのかもしれません。

読後感

「今日は頭が冴えている」と感じた日を振り返ったとき、その実感は、実際に形にしたものの質と一致していたでしょうか。それとも、感覚と成果は別々に動いていたでしょうか。